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大阪人はカレー好き?

大阪人はカレー好き?

大阪人とカレーの意外な関係とは?

いまやラーメンと並び、二大国民食と呼ばれるカレー。その中でも、大阪のカレーは独創性に富み、日本人の舌に合ったアレンジが加えられているものが多いのです。その大阪のカレーを支えたのが、大阪人の気質。
こちらでは、大阪人とカレーの発展について解説してまいります。

大阪人とカレー

大阪人といえば、合理的で少々せっかちという印象があります。
それは食にしてもそうで、かやくごはんや上方うなぎをはじめとする丼ものなど、ごはんの上に乗せたり混ぜ込んだりして食べるスタイルが多いことからも大阪人の気質が伺えます。
そんな大阪人にとって、ごはんと一緒に食べるカレーは理想的な食べ物であったといえるでしょう。
さらに、大阪人は持ち前の創意工夫でカレーを様々にアレンジ、より合理的にそしてよりおいしく食べるために新しいレシピを作り出しました。それが、大阪自由軒などのカレーをごはんと混ぜ込み上に生卵を乗せたスタイルや、谷町で発祥したといわれるカレー南蛮、カレー丼など。
こうした大阪のカレー文化はやがて興隆し、 織田作之助や坪内逍遥などの文学にも色濃く反映されるほどまでになりました。


大阪はカレーの激戦区

現在大阪市内は、カレーショップのひしめく激戦区。
特に、本町や天満などは道を歩けばそこかしこにカレーショップの看板が見受けられます。
その種類も実に様々で、本格インド料理を掲げるお店から、和風カレーを売り物にするお蕎麦屋さん、最近話題になっているスープカレーなど、思わず目移りしてしまいそう。
これも新しもの好きで、なんでも自分でやってやろう、どんどんおいしいものを食べてやろうという大阪人気質の表れ。あちこちのカレーショップで、ビジネスマンをはじめ、老若男女がカレーに舌鼓を打つ大阪。大阪は店もお客様も一体となって、街ぐるみでおいしいカレー作りに取り組んでいるのです。大阪を散策する機会があれば、ぜひ大阪のカレー文化のかぐわしい香りも一緒に探してみてはいかがでしょう。


日本初のカレー粉は大阪から

日本で初めてカレー粉をつくったのは大阪人だった、というのをご存知でしたか?
時は明治36年、大阪の街に「洋風どんぶりならうちでもつくれまっせ!」という想いを持った一人の男性が現れました。洋風どんぶりとは、カレーのこと。当時はごはんの上に、カレーをかけるスタイルをどんぶりと呼んでいたのです。
その洋風どんぶりの仕掛け人は今村弥兵衛。現在の「ハチ食品」の初代社長です。
洋風どんぶりという名称といい、それまでは完全に輸入に頼っていたカレー粉を自分で作ってしまおうという心意気といい、大阪人らしいユーモアと自由な発想に基づいて作られたカレー粉は、後の大阪のカレー文化の発展に大きく貢献しました。


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